パーソナルカラーアドバイスの歴史

人の肌色を分析してその人に似合う色をアドバイスする、パーソナルカラーアドバイスが現在のようなビジネスとしての広がりを見せたのは、1974年からカラーコンサルタントとしてアメリカで活躍しているキャロル・ジャクソンさんの功績によるところが大きいと言われています。
キャロル・ジャクソンさんは、人の肌や髪の色などの特性とその人をより美しく立派に見せる色の関係について『カラー・ミー・ビューティフル』という著書の中で解説しています。‘人と色との間で、どうすれば客観的な「美」を成立させられるか’ということを、わかりやすく示しました。彼女はカラー・ミー・ビューティフル社を設立し、世界各国にカラー理論を広めています。
日本では、カラーコンサルタントの佐藤泰子(さとうやすこ)さんが、カラー・ミー・ビューティフル日本代表として活動していらっしゃるほか、1985年頃から独自にアメリカのスクールで学んだ人などがパーソナルカラーアドバイスを手がけていくようになっていきました。
日本で活躍している大部分の人たちは、アメリカか日本の学校などでカラー理論を学び、開業した人たちなのです。「それぞれに、似通ったイメージの色で構成された色のグループをなんと呼ぶかのか?」というような点では、コーディネーターごとに少しずつ差があります。
しかし、ほとんど全員が、基本的に共通した認識を持っているために、個人個人が採用している色みそのものには大差がありません。

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